炎のような高揚と
眠っていた記憶の具現化

2024 JUL. 25

遠い昔に見たような……でも、初めて会った。そんな不思議な気持ちにさせられる、陶芸家・山本雅彦さんの作品。QNOWAオープンに際し、香炉を作っていただきました。今回はその創作現場、奈良県曽爾村にある山本さんの工房へ。作品へのこだわりや想い、QNOWAのテーマである「時間」についてもお話を伺いました。


国内外で活躍する山本さん。
多忙な中で、香炉制作に挑んだ理由をお聞かせください。

僕は自分自身の仕事に“高揚したい”という思いが強くあるんです。玉初堂さんは、お香を作り続けて200年以上という歴史がある。その新ブランドの誕生に向けて、僕も焼きもので参加するということに素直に高揚しました。「ぜひ、やりたい」と思ったんです。歴史があるということは、脈々と続いているものがあるわけで、そこに魅力を感じます。香炉作りを通して、僕が知らない何かを吸収できるだろうという直感があったし、この気持ちに突き動かされて、自分がどんな焼きものを生み出すのかとワクワクしました。作っていて楽しかったです。

山本さんの作品には独自性を強く感じます。
ご自身の作風についてお聞かせください。

僕の作品は「系譜を辿れない」とよく言われます(笑)。焼きものは歴史があるので、どんな作品も何かしらの系譜を辿っていけるのですが、僕の場合はそれがわからない、無国籍、と。もちろん僕にも好きな流れがあって、東南アジアの焼きものも好きだし、アフリカの土器なんかは嫉妬するくらい、リズムが違うと感じます。だからといってそれをまねようとは思わない。誰かがやっていることをなぞるんじゃなくて、この土を使ってこう焼いたらどうなるんだろう?とか、自分の発想をもとにやってみるという実験的な手法が多いんです。それが僕のオリジナリティにつながるって信じているし、結果がどうあれ、そこで学びがある。
自分にとってのいろんな「好き」が集まって、自分というフィルターを通って出てきているという感じ。僕の中で湧き上がってくるものを作るという感覚です。

香炉を作る上で、こだわったことや大切にしたことはありますか?

香炉って、胴体があって、三つ足があって、ふたもあって…と、構造がわりと複雑です。お香を焚くだけなら、お香を穴に差すだけの香立てで成立するのに、香炉はふたを開けて、まず灰を入れて……と一手間必要になる道具。あえて面倒な動作を強いるものなので、“手間がかかってもこの香炉を使いたい”と思ってもらえるものでないとダメだと思いました。まず、そのもの自体に魅力がないと、手元に置きたいとは思わないので、ものとしてしっかり存在感があり、かつ実用的であること。毎日使いたくなるものを意識しました。とはいえ、みんなが好きそうなもの=きれいでシャープで今風のもの、というのではなく。僕自身がまず、良いと感じ、こころが動かされるものであることを判断基準にしています。

香炉の造形や焼き方、紋様などについてお聞かせください。

全6基に、今の自分の象徴となる表現を取り入れました。ろくろで挽いて、胴体からふたへ、ふたのちょぼからさらに上へと続くようなフォルムにしています。自作の灯油窯で一日半かけて焼くのですが、バーナーで焼きながら横から薪をくべて炎を調整するという独自の製法です。焼き方も微妙に変えて、一つひとつ違う雰囲気にしました。
部分的に薄くグリーンがかったものが2基ありますが、これは曽爾村に生えている草をかぶせて一緒に焼いています。あるとき、草を一緒に焼いたらおもしろいんじゃないかと思いついて、実験的にやってみました。いろんな草を試しましたが、シロツメクサやクローバーがいい感じで、今回の香炉にも取り入れました。
どの紋様も具体的なイメージはなく感覚的です。毎朝、すぐそばの山道を散歩するんですけど、目線を下げたときに見えた風景とか、草の密集具合とか、そういう日常で見たものや感じたことが僕の中に蓄積されていき、記憶として眠っていたものが、紋様や造形となって表れている感じです。
発想は感覚的ですが、それを表現する上で緻密に計算もしています。たとえば、この「瑠璃点文香炉」の青い点の紋様は、“黒地に青い点”ではなく、青い点の周りにもともとの地の色を残しつつ、黒を塗っています。このような手間をかけることで、より紋様らしくなるように仕上げています。細部にこだわる一方で、「白泥更紗文香炉」の白い線の紋様は、下書きは一切なし。白い泥を使ってリズムで一気に描き上げています。

山本さんの作品は、大昔の出土品を見るかのような、時間の堆積を感じさせます。

周りの人からは「壁画や土器を作っていた頃の人と同じ感覚では?」と言われます。そのような時代は何を作るにしても、本などの情報源なんてないわけで、そんな状況で生まれる造形や紋様は、当時の人の祈りや、身に染み込んでいる感覚からきているんじゃないかなと想像します。自分で言うのはおこがましいし、言葉にするのは難しいんですけど、僕自身、本能や感覚を大事にしていて、紋様なども僕の中の記憶から生まれるので、そういうところで感じるものがあるのかもしれません。
今回も、事前に香炉に関する情報を入れてしまうと、その枠の中に収まった無難なものを作ってしまいかねないので、“足は3本、ふたが必要”くらいの最低限の知識だけにとどめました。あとは、とにかく自分がいいと思うものを作る。後から見返して「よかったな」と思えるものってそういう、純粋でうぶなものだったりするので。

QNOWAのお香は「時間」をテーマにしています。
山本さんにとって好きな時間とは?

焼きものを作る中では、窯焚きは特に好きな時間です。窯の中の温度は温度計で確認できますが、それだけに頼らず、炎の中の色や、うごめいている感じの音を聞いて薪をくべるタイミングを見極めます。焼きものって、苦労して工程を踏んでも最終的には自分の手を離れて窯任せになる。窯の火は僕がコントロールしますが、窯に対して「僕もしっかり面倒見ますんで、ええもんお願いします」と祈る気持ちになります。だからといって守りに入らず、かなり攻めた焚き方です。ものによっては高温に耐えきれず窯の中で崩れたりもしますが、守りに入ると一定のラインはいけても超えることはできないので。そうやって一瞬たりとも気を抜けない状況を経て、この香炉も生まれました。すべての時間は窯に詰めて焼き上がりを見るための準備期間という感覚なので、窯から出すときが一番興奮します。費やしてきた時間の集大成なので。
好きな時間がある一方で、無意味な時間というのはないと思うんです。これまで創作する中で、何も出てこない、作りたくないという暗黒の時期もありましたが、そのときはつらかったけれど、あの時間があったからこそ今があると言える。時間って、積み重ねですよね。

山本さんもお香を焚かれるそうですが、
どんなときに焚きますか?

仕事をしながらお香を焚く方もおられると思いますが、僕の場合、仕事中は集中力が高まってゾーンに入っているので、良い香りでも気になってしまってゾーンから外れてしまうんです。だから、お香を焚くときは、仕事から離れてオフになるとき。一人のときが多いですね。お香を味わうというか、お香と向き合っている感じです。お香を焚きながら何か考え事をしたりして、そんな時間がリラックスにつながっていると思います。

今後の目標や活動についてお聞かせください。

作るものに関しては、スケールの大きいもの。例えば、ものすごく大きな壺を作りたいと思っています。年齢を重ねてから大物を作るのは体力的に厳しいというだけでなく、若さゆえの走り方があると思うので勢いのあるときにやっておきたくて。今がそのタイミングだと感じます。そのためには壺を焼く大きな窯が必要なので、まずは窯を作りたいです。
いろんなギャラリーから声をかけていただくようになり、今年は埼玉での個展から始まって、ロンドンでのグループ展を終え、あとはスペイン、フランスなど海外での展示も続きます。また、この夏はスペインのマヨルカ島へ。そこにある「ポッターズハウス」というところで滞在しながら作陶・個展までするという取り組みに招待されました。この話をいただいたときも高揚しましたね。向こうの土を触ってみたいというのもあるし、その土地、今見ている景色と違うところに行ったときに自分がどんなものを作るのか興味がある。現地の人の反応も見てみたい。
今後も、自分がやっていることに、こころを動かされたいし、自分を高揚させるものを生み出したい。それが、きっと他の人にも伝わると信じて。これからも焼き続けます。

山本雅彦/陶芸家1981年 奈良県高取町に生まれる
2003年 京都府陶工高等技術専門校入校
2004年 村田森氏に師事
2007年 奈良県高取町にて独立
2012年 奈良県御所市に工房と住居を移す
2017年 奈良県曽爾村に移住 現在同地にて制作

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